この日について。
2010年から16年、クラブの名前が3回変わっても、背番号4だけは一度も変えなかった男がいます。諸江剣語は2025-26シーズンの全日本選手権を最後に、20年の選手生活を終えました。そのときはあいさつだけで、みんなで送り出す場をつくれていません。だから、あらためて。この日は、歴代の選手30名以上が集まります。このページは、その一日のご案内と、16年の記録です。
背番号4
十六年、いちばん後ろで、いちばん声を出していた男。
派手な技は、持っていない。
2011
2011
2025
20252010年4月、ひとりのフィクソが浦安から東京へ来た。石川県生まれ。プロフィールの座右の銘には「サバンナ生まれ サバンナ育ち」と書く、本気の顔で冗談を言う男だった。
派手なドリブルでも、豪快なゴールでもない。いちばん後ろで全体を見て、声を出し、味方の位置を直し、走りやすいところにボールを置く。誰よりも先に気づいて、誰よりも早く口を開く。メディアはいつしか彼を「ピッチ上の監督」と呼び、最後の年には「すみだの象徴」と書いた。
須賀雄大は、こう言う。「一番レジェンド度が高い、レジェンド中のレジェンド」。
16年いた選手はほかにもいます。それでも彼が特別なのは、関東リーグの体育館から、Fリーグへ、そして日本一へ——その全部の場面に、背番号4がいたから。キャプテンとしてチームをまとめ、店長としてカウンターに立ち、いまはスクールで子どもたちにボールを教えている。フウガの16年を語るとき、この男を抜いて語れる年は一年もない。
336という数字について。Fリーグが始まったのは2007年。諸江剣語の初出場は、その開幕シーズンの2007年10月28日——まだ浦安の選手だった頃です。100試合に届いたのが2016年10月、200試合が2019年11月、300試合が2024年6月。リーグの歴史と、ほとんど同じ長さコートに立ち続けました。しかも50得点は、最後方のフィクソとしての数字です。守る位置から、それだけ前に出ていったということ。
当日は、あなたも「一座」の一人です。一座建立(いちざこんりゅう)——その場にいる全員で、ひとつの座をつくる。客席も、ベンチも、コートも。この日いちばん盛り上がる曲を、先に一度。
対戦カード
剣と、語。三十一の名前。
剣と、語。
この日だけの対戦カードです。一度は同じユニフォームを着た者どうしが、二つに分かれて向かい合います。そして本人は、どちらのチームにも立ちます。
- 1諸江剣語フィクソ
- 2金川武司アラ
- 3太見寿人ピヴォ
- 4宮崎曉アラ
- 5大黒章太郎ゴレイロ
- 6西谷良介アラ
- 7渡井博之フィクソ
- 8田口元気アラ
- 9佐藤雄介ピヴォ
- 10畠山勇気アラ
- 11福田亮ピヴォ
- 12石井秀樹ゴレイロ
- 13木村幸司フィクソ
- 14伊土一平太FP
- 15関健太朗フィクソ
- 16北原亘フィクソ
- 17石川嘉治郎応援団
- 1諸江剣語フィクソ
- 2山上康平アラ
- 3大森茂晴フィクソ
- 4内田淳二ピヴォ
- 5清家大葵ゴレイロ
- 6岡山和馬アラ
- 7中村歩ピヴォ
- 8揚石創ゴレイロ
- 9半田徹也アラ
- 10神尾佳祐ピヴォ
- 11早川裕樹アラ
- 12杉尾浩平アラ
- 13曽根直人アラ
- 14青山竜也ピヴォ
- 15玉木康司アラ
- 16河本康太アラ
あの背番号が、戻ってくる。
名前を見たら、思い出す顔があるはずです。あの年のあの試合で走っていた人が、この日もう一度、同じ体育館に帰ってきます。
この日集まる往年の選手を、ひとりも欠かさず呼びます。知っている名前が出てきたら、声に出してみてください。
「名前を呼べば帰ってくる/あの日のコートが帰ってくる」

BOTSWANA時代からの生え抜きで、諸江の前任キャプテン。「僕にしか出来ない事があると信じ、仲間を信じ、走り続けてきました」
退団のことを「卒業」と呼び、翌シーズン戻ってきたときは「入学」。座右の銘は「感謝」。
結成期から16年、背番号8を背負ったクラブの象徴。関東得点王、地域CL MVP2回、2009年日本一。
誰よりも監督の言葉を疑い、納得したら全力で信じた人。座右の銘は「人は人、吾は吾」。
働きながら14年、Fリーグ245試合91得点。関東時代の1stセット「宮崎・太見・金川・諸江」の一人。いまも関東リーグでプレーを続けている。
「須賀さんが『5』だとすると、僕は『3〜7』くらいを目指します」。異名は「死神」と「妖精」。現・ホームタウン推進委員/ファルコンズコーチ
2010年、諸江と同じ年に加わった守護神。関東からFリーグ177試合まで12年間ゴールを守った。
「小学校のとき、ゴールバーに手が届かないのにGKやらされて」。須賀監督いわく「誰かに強く言えるのは章太郎しかいない」。現・強化部長
日本代表の点取り屋として加わり、初年度にFリーグ ベストファイブ。チームを3位に押し上げた。Fリーグ通算377試合143得点。
愛称「パッシャン」。退団の席で後輩に「居心地が良いだけじゃ成長できないよ」。
「フウガに逆戻り渡井です」。二度の在籍で攻守の軸に。2019年6月にFリーグ通算200試合出場のセレモニー。諸江と最も多く同じピッチに立った一人。
卒業コメントの言葉は「ここで船を降りる」「今後はゆるーくフットサル界を見守って行きたい」。
10季で191試合43得点。「剣語さんから受け取ったバトン」を継いだキャプテン。
「フウガに憧れて、恋をして入ってくる選手もいます。でも、恋しているうちはまだまだ」。現・C.R.O.
小学6年でフウガのスクールに入り、トップまで登り切った墨田育ち。「これからは一人の墨田区民として応援します」と引退したが、2024年にフロントスタッフとして愛するフウガに復帰した。
自己紹介は「OK佐藤こと佐藤雄介です」。初ゴールに監督は「ボールがゴールに入るまで時が止まりましたね!笑」。現・フロントスタッフ
ウイングス一期生、クラブ一筋14年。U-20日本代表キャプテン、151試合30得点。諸江と同じシーズンに現役を退いた。
関東リーグ時代、13歳で応援席の太鼓を叩いていた少年。異名は「稲妻ボーイ」。現・ウイングスコーチ/スクールコーチ北海道出身、元自衛官の「ジエイ」。Fリーグ通算100試合をフウガで達成。
「皆さんからは元自衛官ということもあり『じえい』って呼ばれています。ぜひ『じえい』って呼んでください」。クラブ最初の日本一(2009年)をゴールで迎えた守護神。在籍1年で関東リーグ ベスト5。
入団時に掲げた目標は「関東リーグ連覇、全日本選手権優勝」。翌春、その両方を本当に獲った。本業はいちご農園。2000年に「BOTSWANA」を結成したときのキャプテン兼監督。関東参入戦の円陣で「神様見てるよ」と言い出した人。
2008年「結成してもう8年経つ…日本一という称号を手に入れるために自分を犠牲にしてでも頑張りたい。優勝します!」クラブが「BOTSWANA」と名乗っていたころの仲間。2006-07シーズンまで在籍した。
2012年のOB戦「フウガレジェンズ」にも、河本・玉木と並んで名を連ねた一人。
結成時から11年フウガ一筋のムードメーカー。マカオの舞台で日本代表も。
引退のあいさつは「また いつかどこかで会いましょ〜☆ バイチャ♪」。決起集会では「フウガ円陣講座」の講師。
源流「森のくまさん」の一員。名古屋オーシャンズ初代キャプテン、日本代表キャプテン。須賀代表の同級生。
2008年、須賀監督のプロフィール「憧れ、目標とする選手」の3番目に、この名前が書かれている。クラブがまだ「BOTSWANA」だったころ、胸につけるいちばん最初のエンブレムを描いた男。ピッチに立つ代わりに選んだのは、スタンドで声を出すこと。応援団の副団長。
暁星中学校卓球部出身。千代田区3位(7名中)。
諸江と同じ2010年に加入。関東3連覇・地域CL連覇の時代を支えた。
ファン感謝祭の準備体操は、いつもガミの担当。座右の銘は「直立不動」。現・エッグス U-12監督
愛称「小龍太」。タイトル期の3年間を支え、2024年にコーチとして復帰。
入団時に「全てのタイトルをとる」と書き、本当に関東と地域CLを獲った。ブラジル・サンパウロでプレーした経歴も。現・エッグス U-10監督
Fリーグから加わり、2009年の日本一を戦い抜いた最長老。1次ラウンドで2得点。守備理論「枝D」の著者。
入団のひとことは「全てのタイトルから体の疲れまで、とれる物は全てとる!」。プロフィールの特技欄は「太見の飼育」。現・レディース監督
大分から東京へ。3年間ゴールを守り、引退後はGKコーチとして下部組織・レディース・トップを歴任。
2015年の「Fリーグイケメン選手権」第1位。現・ウイングス監督/アカデミーGKコーチ統括
墨田区出身、18歳でバッファローズに入った生え抜き。2017年のベストゴール大賞では「ファン/サポーター賞」。憧れの選手は金川武司。
好きな色は「エンジ」。受賞コメントの結びは「アイシテルフウガ。アイシテルスミダ。」
サテライトから叩き上げでトップへ。地域CL連覇期の得点源。
座右の銘は「増し増し」、得意なプレーは「空中美技」。始めたきっかけは「チラシ」。
8年間背番号1を守った左利きのゴレイロ。黄金期からFリーグ参入までをゴール前で見届けた。
座右の銘は「楽して儲ける」。特技は「自転車のタイヤをおでこで止める」。
FUGA MEGURO時代とFリーグ参入期、二度フウガの19番を背負った。
2008年のプロフィールの意気込み欄に、ひとこと「Fにも負けない」。
2009年日本一のメンバー。2011年関東リーグ優勝を決める先制点。「『お帰り』コールは僕の人生の宝物です」
クラブ紹介は「日本一フットサルの上手い銀行員」。諸江が加入した2010年当時のキャプテン。地域CL初優勝の胴上げで「一際高く舞った」。
クラブ紹介いわく「さわやかスマイルで絶大な人気を誇った。いまだその穴は埋められていない」。
関東最後の優勝とFリーグ初年度を支えた。引退を発表したあとの全日本選手権でも3得点。最後まで点を取り続けた。
あなたにとってフットサルとは「喜怒哀楽」。得意なプレーは「ぐちゃぐちゃドン」。
「小さい左利きなので、見ればすぐにわかると思います」。Fリーグ参入の瞬間を内側で経験した。
抱負の欄に「チビでも負けない!!」。得意はループシュート。
福島出身。1年目、府中アスレティックFC戦で残り46秒の同点弾。浦安・長野でも活躍し2021年に引退。
2016年、シーズン途中に3か月スペインへ単身修業。「応援してくれる声がいつも背中を押してくれていました」。「BOTSWANA」時代の仲間。2012年のOB戦「フウガレジェンズ」に名を連ねた。
クラブが「ボツワナ」と名乗っていたころを知る一人。関東リーグでのクラブ初ゴールを決めた男。愛称「パンサー」。
「河本康太に誘われて」フットサルを始めた、と書いた仲間がいる。

※出場メンバーは追加・変更となる場合があります。カードの大きな数字は、フウガ在籍時の背番号です。
2005年から16年間このクラブの監督を務め、2009年に日本一。その後フットサル日本女子代表を率いてアジアを制し、2026年4月に代表として戻ってきました。2010年、伸び悩んでいた背番号4に「もう一度自信を取り戻してみせるから一緒にやらないか」と声をかけた人です。
十六年の記録
2010年の春から、2026年の秋まで。写真と本人の言葉で。
「新しいチャレンジを楽しみにしています」


2005年、地元・金沢の INDIGO SCORPION 1969 でフットサルを始め、当時日本最高峰のプレデター浦安(現バルドラール浦安)で Fリーグ初年度のピッチに立った。2009年にはフットサル日本代表としてアジアインドアゲームズに出場し、得点も挙げている。
そして2010年、須賀雄大監督の言葉に導かれて FUGA TOKYO へ。それまでのアラから、フィクソへ。「剣語、とりあえずやってみてくれないか」——この転向が、16年の物語の入口になった。
フウガとの出会いは須賀さんとの出会いでもあり、「もう一度自信を取り戻してみせるから一緒にやらないか」と力強い言葉をかけてもらったことは今でも心に残っています。— 引退発表(2025.11.21・クラブ公式サイト)


神戸。All for 東北。

東日本大震災から9日後。大会に出るべきかどうか、チームは最後の最後まで話し合った。それでも神戸へ向かい、日本一になった。
須賀監督が言ってた…『今被災者の方々はもちろん、いろんな方々がネガティブになっている。ここで俺達までネガティブになったら連鎖するだけだろ?俺達がポジティブになって、ネガティブな人達をポジティブに変えていこうぜ!!』響きました。— 本人ブログ(2011年3月)





被災者の方々に少しでも勇気を与えられたのなら、それだけで価値があったんじゃないかな。だからおれは素直に喜びたいと思う!!— 本人ブログ(2011年3月)
Adios、そして、ただいま。
2012年3月、スペイン2部「オスピタレ」へ練習生として渡った。「わがままを聞いてくれた、監督、スタッフ、選手、そしてサポーターの皆さんには、本当に感謝しています。Adios(笑)」。
思うようにプレーできる環境はなく、自主トレの時間の方が何倍も長かった。それでも帰国した彼は「またFUGAでプレーできると思うと凄くワクワクしています」と書き、「みんなのプレーを見て、危機感を感じているところです」と続けた。その焦りを、次の力に変えた。








2012年、2013年と2年連続で関東フットサルリーグ1部のベスト5に選ばれ、2013年3月には全日本フットサル選手権で準優勝。同年12月、クラブのFリーグ参入が決まる。金川武司、太見寿人とともに『フットサルナビ』の対談「革命前夜」に登場した。
Fリーグ、腕章、そして店長。





2014年、Fリーグ初年度。2015年ごろからはキャプテンとしてチームを率いた。2015-16、2016-17、2019-20とリーグ3位。2017年3月と2021年3月には全日本選手権の決勝に立った。
2017年6月には、キャプテンのまま、クラブが新しく開いた自社コート「SUMIDA FUTSAL ARENA」の店長も引き受けた。「まだまだ微力な私ですが、皆様にご満足頂けるような場をご提供できるように頑張ります!!」。ピッチの一番後ろにいた男は、街の一番前にも立っていた。



今日、開幕戦だったのですが、フウガドールすみだは決勝戦のつもりで挑みました。— 2020.9.6 Fリーグ開幕戦後の記者会見
2019年11月2日、ひがしんアリーナでFリーグ通算200試合。2021年3月の全日本選手権準決勝の前夜、彼は言った。「明日足がなくなってもいいので最後まで走って日本一になりたいと思います」。決勝は延長の末に敗れた。
その春、キャプテンのバトンを田口元気、栗本博生に渡す。「理由は安心して任せられる仲間がいるからです」。田口は「剣語さんから受け取ったバトンを栗と二人でしっかり繋いで行きたい」と応えた。
十四年ぶりの、日本一。
第28回全日本フットサル選手権。2回戦、準々決勝、そして決勝。36歳のフィクソは3試合すべてに先発した。決勝は湘南ベルマーレと延長戦。1-2。クラブにとって2009年以来、14年ぶり2回目の日本一だった。
2024年6月14日にはFリーグ通算300試合。同年7月に右膝を痛めたが、翌春、最終シーズンへの契約を更新した。






笑って、終わりたい。

2025年11月21日、立川アスレティックFC戦の後、1,509人の前で今季限りの引退を伝えた。「引退するからといっても変わらず全力を尽くして、笑って終わりたい」。






勝っても負けても胸を張ってピッチに立つ。それがフウガドールすみだの強みだと思って戦ってきた。— 最後のホームゲームのあいさつ(2025.12.12・すみだ経済新聞 12.21付より)
何か特別な能力があるわけでも無く、誇れるほどの実績も残せませんでしたが、諦めず毎日を全力で過ごした日々に後悔はありません。— 引退発表(2025.11.21)
12月12日、最後のホームゲーム。2026年3月1日、名古屋でのリーグ最終戦。「僕にとってすごくかけがえのない、宝物のような時間でした」。そして全日本選手権で、20年の選手生活を終えた。


立場は変わりますが、これからもクラブの一員として全力で取り組んでまいりますので、引き続き温かいご支援をよろしくお願いいたします。— スタッフ就任のお知らせ(2026・クラブ公式サイト)
本人の言葉と、あの日のチーム。
公式チャンネルに残る映像から、今日コートに立つ人たちが映っているもの。画像をタップすると、このページのまま再生が始まります。
『キャプテン剣語』、完結へ
引退を決めたときの気持ちを、本人が自分の言葉で話しています。「自分のプレーのイメージと体が合わなくなってきた」。そしてもう一つ、「実力のある未来がある若い選手たちのために、今季自分が退くのがベストだと感じました」。
十六年を振り返って出てきたのは、「諦めなかった選手だけが勝つと自分は思っていて」という一言でした。最後は「サポーターの皆さん、十五年間、本当にありがとうございました」。
今日の前に、三分だけでも観てみてください。
2022-2023 選手紹介映像
今日出場するOBのうち5人が、現役として並んでいます。No.4 諸江剣語、No.6 宮崎曉、No.10 田口元気、No.11 畠山勇気、No.28 佐藤雄介。この年度の春に、クラブは十四年ぶりの日本一を獲りました。
YouTube で開く ▶2023-2024 選手紹介映像
No.4 諸江剣語、No.10 田口元気、No.11 畠山勇気。田口はこのシーズン限りで現役を退き、翌年からクラブの窓口役になりました。
YouTube で開く ▶フウガドールすみだ 公式チャンネル
試合のハイライト、毎年の選手紹介、J:COM の応援番組「Viva!フウガドールすみだ!」のバックナンバーなどが並んでいます。今日出場する人たちの現役時代も、ここでたどれます。
チャンネルを見る ▶クラブの歩み
遊び場から、日本一へ。そして、三つの世代へ。
遊び場から、日本一へ。
- 2000都立駒場高校サッカー部の仲間が「BOTSWANA」を結成。企業でも行政でもなく、遊び場から始まった
- 2007「FUGA MEGURO」に。関東フットサルリーグ1部で初優勝
- 2009.3全日本フットサル選手権 優勝。関東リーグ所属のままFリーグ勢を撃破
- 2009.4「FUGA TOKYO」に。墨田区を拠点に。エンブレムは盾型ではなく、日本の「家紋」をモチーフに
- 2011墨田区とホームタウンスポーツチーム連携協定。震災直後の神戸で地域チャンピオンズリーグ優勝
- 2014「フウガドールすみだ」に改称、Fリーグ参入
- 2023.3全日本フットサル選手権 優勝(14年ぶり2回目)
- 2026.4須賀雄大が代表取締役に。「フウガがあるから、すみだは面白い」
クラブ名は「FU=FUTSAL、G=grow up、A=associate」+スペイン語「JUGADOR(選手)」で「フットサルとともに成長する仲間たち」。墨田で生まれた葛飾北斎「富嶽三十六景」の音も重ねています。チームカラーはエンジ。
三つの世代に、三つの歌。この日集まる人たちを、クラブに加わった時代で分けました。名前は歌のなかで、ひとりずつ呼んでいます。自分の世代から聴いてみてください。
当日のご案内
9月26日(土)の流れと、会場のこと。
9月26日(土)の流れ
| 13:00 | 開場(ひがしんアリーナ) |
|---|---|
| 14:00 | メットライフ生命Fリーグ2026-27 ディビジョン1 第13節 フウガドールすみだ vs エスポラーダ北海道 |
| — | 試合終了後、記念マッチに向けて転換 |
| 16:30 | 諸江剣語 引退記念マッチ セレモニー(OB入場・本人入場・ご挨拶・記念撮影) |
| ▶ | 記念マッチ。歴代OBメンバーが、再び同じピッチに |
フウガの合言葉です。ミスをしても下を向かない。ベンチの声がチームの力。ゴールを決めたら喜ぶ。レフリーには文句を言わない。今日はOBの皆さんにも、選手と同じように大きな拍手をお願いします。
会場はひがしんアリーナ(墨田区総合体育館・錦糸町駅から徒歩2〜3分)。公式ファンクラブは SUMIDANISTA(スミダニスタ)。写真・60秒以内の動画のSNS投稿は個人利用に限りご自由に(商用・メディア利用は権利元の許可が必要です)。
背番号4 — 諸江剣語とフウガの16年
このページで流れている曲は、この日のために書き下ろしたアルバムの一部です。 源流の世代から、日本一の夜、そして最後のシーズンまで。全曲、Suno で聴けます。
アルバムを聴く ▶